福岡ではたらく人事コンサルタントのブログ

アクセスカウンタ

zoom RSS 1月17日 阪神淡路大震災の私の記憶

<<   作成日時 : 2016/01/17 22:56   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

今日の福岡は、朝方曇り空で昼過ぎから雨が降り続く天気の

1日でした。

気温も10℃前後と氷雨にはなりませんでしたが、北風が強く吹き

それなりに過ごしやすい体感温度でした。♪



今日は、私の故郷で発生した阪神淡路大震災から21年目です。

私自身も被災したのですが、あれからもう20年以上もたったのか

と、時の流れを感じる私です。



この21年間、1月17日だけは地震発生時刻前に自然と目が覚めます。

以前はその時間から起きていたのですが、今日は目が覚めて心の中で

手を合わせてから2度寝をしてしまいました。(反省)

私の中では、もう遠い出来事になってきたのかもしれません。




当時の記憶は段々と薄れてきましたが、それでも何年経っても鮮明に

覚えている事がいくつかあります。

一番は、やはり地震が発生した瞬間の揺れの凄さです。

都市部での直下型地震で震度7は、本当に体験しないとわからない

怖さです。




二番目は、私が住んでいたのは町自体が壊滅した長田と隣接している

海岸寄りの須磨だったため、停電して滅茶苦茶になった真っ暗な室内が

隣町全体が燃える長田の火で、妙に明るく感じた事。



三番目は、本震のあとの余震の度に、近所の家が崩れ落ちる音です。

深夜にガタガタと室内が揺れるたびに、本震を耐えた家がガシャンと音を

立てて崩れる音は、本当に恐怖を感じました。

なぜか街全体が妙に静かで、崩れる音だけが響き渡っていました。



四番目は、隣町の火災が広がってくるなか、消火活動をしていた消防士

の方が、水がでないホースを握りながら涙を流していたのを見た時です。

このときはさすがに唯一見た消防自動車が機能しない事を知って

何故か自分も死ぬんだと思いました。

(実は日本全体が同じ状態なんだと思い込んでいたのです。)



5番目は、周辺住民と力を合わせて生き埋めになっていた人を救いだそう

と頑張ったのですが、圧死した人が多くて亡くなった方にかける毛布もなく

道端に並べた事です。




まだ外部の救助の手が入らなかった1月17日から19日の夜にかけて

の記憶です。

この5つの記憶だけは、鮮明に覚えていて消える事が無いようです。



悲惨な記憶ですが、実はその時に感じた絶望感や恐怖感と同時に

小さいけど希望や人の気持ちの温かさと行動力や善の心を知ったのも

心に刻まれて目に焼き付いて消えない記憶と情景なのです。

合掌

↓私が住んでいた須磨から長田です。
画像




テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
1月17日 阪神淡路大震災の私の記憶 福岡ではたらく人事コンサルタントのブログ/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる